私の思い

~今日はALSとなってしまったある医師の方の「思い」を掲載(シェア)させて頂きます~

私の思い
皆様、いつもご支援ありがとうございます。
今日は私の思いを書かせて頂きますね。
ALSとなり、一つ一つ大切なものが奪われていく。
足が動かなくなり、天職だった訪問診療の道を奪われた。
手が動かなくなり、愛する者に触れることすらできなくなった。
食べられなくなり、好きな食べ物を口にすることさえできなくなった。
呼吸ができなくなり、匂いさえも奪われた。
話ができなくなり、自分の思いを伝えにくくなった。
そして今、トレードマークの笑顔まで奪われようとしている。
これでも私は人間と言えるのだろうか。
残酷な病気だと確かに思う。
しかし不幸かと問われてもそうは思わない。
息子が部屋で駆け回ったり、時々折り紙を折ってプレゼントしてくれるのは嬉しい。
仲間たちが妻の料理を美味しそうに食べながら楽しそうに会話しているのを見るのも微笑ましい。
まるで映画「ショーシャンクの空に」の主人公アンドリュー・デュフレーンが、無実の罪で投獄された刑務所の屋上で、己は禁酒を誓っているため、仲間たちが美味しそうにビールを飲んでいるのを、少し離れたところで心の底から嬉しそうに眺めている光景とだぶる。
私にとって生きる喜びとは、人の幸せを感じられることなのだろう。
今回のプロジェクトで一人でも多くの方々が幸せになるのを願うばかりだ。
生きている限り、とことん人の役に立ち続ける。
それが私の信念であり、死ぬまで曲げることはないだろう。
学生時代から変わらないな、と親友たちに言われて何だかくすぐったい。
しかし私も一度は死を考えた身だ。
だからこそ小説「レ・ミゼラブル」の主人公ジャン・バルジャンのように生まれ変わって、命ある限り使命を果たそう。
人間の叡智はあらゆる困難を乗り越えてきた。
だから私は治療法ができることを決して諦めない。
私の愛著「モンテ・クリスト伯」で主人公のエドモン・ダンテスはこう言っている。
人生はこの二つの言葉に尽きる。wait and hope と。
どんなに辛くても希望を捨てることなくチャンスを待て、という意味だ。
今は生きて生きて治療法の確立を待つとしよう。
しかし私は医師だ。
自分さえ良ければいいとは思わない。
ALS以外の治療困難な病気の方々の治療法の確立にも努めていきたい。
そして、被災された方々の心の復興までお手伝いさせて頂きたい。
食べられるようになったら、三陸の海産物をたらふく堪能しよう。
呼吸できるようになったら、阿蘇の澄んだ空気を胸いっぱい吸い込もう。
歩けるようになったら、大好きな訪問診療を再開しよう。
腕力が戻ったら、愛する息子を高く高く抱き上げよう。
そして、病気を克服したみんなで集まって、何度も何度も笑い合おう。
今回のプロジェクトへの思いが、どうか多くの人々に伝わりますように。
そして、笑顔と希望が世界中に広まっていきますように。
7月1日、誰もが安心して暮らせる社会へと変わる大きなきっかけとなることを願って。
太田守武
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